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《コナン・ザ・コナン》ロバート・E・ハワードの世界
ロバート・E・ハワード作品
オリジナル翻訳


THE DAUGHTER OF ERLIK KHAN by Robert E. Howard
エルリク・カーンの娘
 エル・ボラク・シリーズ

 《1》

 押し殺された興奮が漂う上ずった調子で話しながら、長身のイギリス人ペンブロークは、ハンティング・ナイフで地面に線を刻んだ。

「なぁおい、オルモンド、いまおれたちの西にある山こそ、おれたちが探していたものに違いあるまい。見てくれ、地面に地図を描いてみたんだ。この点がおれたちのキャンプのあるところ、そしてここがあの山だ。もう十分北に進んだと思わんか。ここらあたりで西に向きを変えるべきだとおれは思うんだが……」

「おい、黙れ!」オルモンドがささやいた。「その地図を消んだ。ゴードンが来やがった」

 ペンブロークが手のひらを素早く動かし、地に描かれたかすかな線を消滅させた。さらに腰を上げながらも、そのあたり一帯に両足をせわしなく動かすことに成功していた。遠征隊第三の男がやって来たとき、ペンブロークとオルモンドは笑いながら、何気ない仕草で話す振りをした。

 ゴードンと呼ばれた男は、仲間の二人よりも背こそ低かったが、その肉体は、ひょろ長いペンブロークは当然のこと、それよりはやや肉付きのよいオルモンドと比べても追随を許さなかった。柔軟にして引き締まったその肉体は、滅多に出会うことのできぬ種類のそれである。彼の強靭さは、己の強さを誇りたがる世間一般の力自慢とは異なり、肉体の中に閉じ込められているとの印象をまったく感じさせなかった。優雅さを漂わす一挙手一投足からごく自然に強靭さがにじみ出ており、それは単に力強いだけの巨漢では決して真似のできぬ芸当といえよう。

 アラブ風の頭飾りを除けば二人のイギリス人と似たような服装をまとってはいるものの、二人と違ってこのゴードンなる男、その場の風景の中によく溶け込んでいた。ヒンズークシの斜面沿いに羊を放牧する土着の遊牧民に負けず劣らず、このアメリカ人は起伏の激しい高地の一部と化している。ひるみのない視線、無駄のない身のこなし――そのすべてが自然の荒野との一体感を醸し出していた。

「ゴードン、いまペンブロークと二人で、あの山の話をしていたんだ」論議の対象である山を示しながら、オルモンドが言った。その山は青い丘陵の彼方、遠い距離を隔てて霞んではいたが、午後のよく晴れた空の下、雪帽子を頂いた雄姿がはっきりと見て取れる。「あんな山にも名前があるのかと、そんなことを話していたんだ」

「ここいらあたりの山も、みんな名前を持っているさ」とゴードンが応える。「もっとも、そのうちのいくつが地図に載っていることやら――。あの山は〈エルリク・カーン山〉と呼ばれている。あれを目にした西洋人は、おそらく一ダースにも満たんだろう」

「聞いたこともない名だ」ペンブロークが受ける。「おれたちも哀れなレイノルズの親爺を探す旅を急いでいるのでなけりゃ、もうちょっとあれに近寄ってみるのも楽しかっただろうよ」

「もしもあんたが、腹をぱっくり引き裂かれることを楽しみと呼ぶならな」とゴードン、「〈エルリク・カーン〉は黒キルギスの領土にあるんだぞ」

「なに、キルギスだと? 邪教徒と悪魔崇拝の土地か? 聖なる都ヨルガンとやらの腐った噂は聞いたことがあるぞ」

「悪魔崇拝は朽ち果ててはおらんよ」とゴードンが返す。「我々が今いるのは、ちょうど奴らの領土との国境あたりだろう。キルギス人と、この東に住むイスラム遊牧民との取り決めで、このあたりは一種の緩衝地帯となっているんだ。ここまで一人のキルギス人にも出会わなかったのは幸運だったな。特にイシーク・カルあたりを中心とした部族どもときたら、まるで毒でも見るように西洋人を憎んでいる。

 だがこれ以上は奴らの領土に近づく必要もあるまい。ここから我々は北に向きを変え、キルギスからは離れることになる。せいぜいあと一週間もすれば、あんたたちの友人を捕えたというウズベク人の領土に入ることができるだろう」

「あの親爺め、まだ生きていればいいが」ペンブロークが溜め息をついた。

「それについてだが、あんたたちがペシャワールでおれを雇ったとき、おれははっきりと言っておいたはずだ、今度の探索の旅は徒労に終わる可能性が高いとな」とゴードン。「もしも、あの部族があんたの友人を捕えたのなら、彼がまだ生きているという可能性はかなり小さいと見るべきだからな。繰り返して警告するが、彼を発見できなかったとしても失望せんでほしい」

「言われずとも判っている」とオルモンドは返答し、「だがいずれにせよ、この頭を切り落とされることなく彼の地まで案内できる人間は、あんたを置いて他にはおらんだろう」

「まだあそこまでたどり着けたわけではないぞ」抱えたライフル銃の向きを変えながら、ゴードンが謎めいた応えを返した。「それはそうと、キャンプに戻る途中、動物の足跡を発見した。これから一匹ぐらいは仕留めてくるつもりだ。戻る頃には、もうあたりは暗くなっているかもしれないな」

「歩いて行くつもりか?」とペンブロークが問いかける。

「ああ。一匹仕留めたら、晩飯用に後ろ足を一本、担いで帰ることにするさ」

 それ以上は言葉もなく、残りの男たちが彼の後ろ姿を見守る中、ゴードンはうねりのある斜面を大股で下っていった。

 斜面の下には広範囲に茂みが広がっていたが、その中を大股で歩くというよりは、むしろ溶け込むようにしてゴードンは姿を消していった。残された二人はまだ黙り込んだまま向きを変え、キャンプでせわしなく働いている使用人たちをちらっとうかがった。四人の無表情のアフガニスタン人に、ゴードンの私的な使用人である痩せ形のイスラム教徒のパンジャブ人――。


 色褪せたテントと綱につながれた馬からなるそのキャンプは、心がおじけづくほどに広大にして静寂の大自然の中にあって、唯一生命の薫りが感じられるスポットと言えた。南には、雪を被った山頂まで登りゆく途切れのない丘陵が、城壁となり広がっている。遠く北に目を向ければ、これまた別の切り立った山脈が視界を遮っていた。

 それらの山地の間に、でこぼこの多い台地が大きく広がっているのである。台地はぽつぽつとした山々と、山と言うには小さい丘陵とに囲まれていて、トネリコ、カンバ、カラマツの茂みが豊かに育っていた。今は短い夏が始まる季節であり、斜面は長く青々と伸びた豊かな草で覆われている。けれども、ターバンを巻いた遊牧民に追われた家畜の群れも、ここにはいない。南西遠くの巨大な山頂は、なぜかその事実に気付いているように思われた。それは未知の陰気な見張り番のように、じっと見つめている。

「おれのテントに行こう!」

 後に続くようオルモンドに合図しながら、ペンブロークがそそくさと身をひるがえした。どちらの男も、パンジャブ人アフメドが燃えるような熱のこもった凝視で彼らの様子をうかがっていることには気付かなかった。

 テントのなか、小さい折り畳み式のテーブルをはさみ、二人は向かい合って腰を下ろす。ペンブロークが鉛筆と紙を取り、彼が地面に引っかいていた地図の複製を描き始めた。

 彼は言う、「『レイノルズ』は己の役目を果たしたようだな。そしてゴードンも、だ。奴をここまで連れて来たのは、大きな危険もまた伴った。だがこのアフガニスタンを安全に道案内できる唯一の男が、奴なのだからな。あのアメリカ人めがイスラム教徒どもに与える影響力たるや、驚くべきものがあるぜ。だが、それもキルギス人には効き目があるまい。ここから先は、もう奴は用済みだ。

 あの山は、まさしくあのタジク人が言っていたものに間違いあるまい。あの男もゴードンが呼んだのと同じ名前を口にしていたからな。あの山を目印とすれば、迷うことなくヨルガンにたどり着けるはずよ。〈エルリク・カーン山〉の少し北を目指し、ここから真直ぐ西に進んでいけばよいのだ。これより先はゴードンの案内は必要ないし、帰りも奴と一緒に旅する必要などない。それというのも、帰りはカシミールの道を使うつもりだからな。その頃には、おれたちはゴードンの奴なんぞよりずっと有効な通行手形を手に入れているはずだ。さて、そうなると、当面の問題は、どうやって奴を追っ払うかということにあるわけだが……」

「簡単なことじゃねえか」とオルモンドが鋭く言い放った。二人のうちでは、このオルモンドの方ががっしりとした体格の持ち主で、気性も激しいものがあった。「二人して奴に難癖をつけ、これ以上一緒に旅を続けることを断わればいいだけだ。奴はおれたちを罵るだろうが、しまいにはあのいまいましいパンジャブ人を連れてカブールに戻るに違いない。カブールでなくば、どこか別の僻地に向かうか――。いずれにせよ、たいていの西洋人にとってタブーとされる国をうろついて、ほとんどの時を過ごすんだろうよ」

「名案だ!」とペンブロークも認める。「できれば奴との争いは避けたいからな。あやつときたら、恐ろしいほどの速撃ちだともっぱらの噂だ。アフガニスタン人でさえ奴を〈エル・ボラク〉――〈速撃ち〉と呼んでいるというではないか。昼にこの場所で止まるための口実をでっち上げた時からずっと、おれはこの問題についてあれこれ考えていたんだ。あんたも同じだと思うが、あの山がどうも臭いとにらんだからな。ゴードンには、おれたちがウズベクに向かうと思わせておいた方がよかろう。念には念を、という言葉もある。おれたちがヨルガンに向かうとは、奴に知られずにいた方が――」

「なんだ、あの音は?」突然オルモンドが小さく声を上げた。彼の手は速くも銃の台尻の上に乗せられていた。

 その瞬間、彼の目は細められ、その鼻孔が膨らんだ。疑惑の念が、彼のいつわざる――なんとも不吉な――本性を明らかにしたかのように、今のオルモンドはまったくの別人に見える。

「話を続けるんだ」彼はぼそぼそとつぶやいた。「誰かがテントの外で立ち聞きしていやがる」

 ペンブロークは言われた通りにした。オルモンドは音も立てずにキャンプ・チェアを後ろへ押しやると、突然テントから飛び出し、満足げな唸り声と共に何者かに襲いかかった。それからすぐに、パンジャブ人アフメドを引きずってテントの中に戻ってきた。痩せ形のインド人は、イギリス人の鉄のような握り締めに抗ってむなしく悶えている。

「このねずみ野郎が盗み聞きしていやがった」オルモンドがとげとげしく言った。

「それじゃ、こいつはすべてゴードンに喋ってしまうにちがいない。これで争いは避けられなくなっちまった!」その見込みは、ペンブロークをいたく動揺させたように思われた。「これからどうすればいい? 何かいい考えはないか!」

 オルモンドは野蛮に笑って応えた。

「どてっ腹に銃弾を受けてすべてをおしゃかにする危険を犯すほど、このおれさまは馬鹿じゃないぜ。もっとつまらんことでさえ、何人もの人間を殺してきたおれだ」

 オルモンドの手が下がり、青光りする銃を取り上げるのを目にし、ペンブロークは不本意な抗議の叫びを発した。アフメドも金切り声を上げるが、その叫び声は銃声の唸りに打ち消された。

「くそっ、これでゴードンの奴も殺らねばならなくなってしまった!」

 ペンブロークがわずかに震える手で額の汗を拭った。テントの外では、アフガニスタン人の使用人たちが集まりつつあり、彼らの発するパシュト語の囁き声が聞こえていた。

「なんの、奴の命は今やおれたちの手中にある!」今だ煙を吐いている銃をホルスターに戻しながら、オルモンドが非難がましく言った。その間にも、まるで蛇か何かを触るような気楽さで、動かなくなった体をブーツの爪先で突ついた。「奴は歩いて出て行った。ほんのひと握りの弾薬だけを持ってな。奴を追っ払うにはこれほど都合のいいことはあるまい」

「どういう意味だ?」ペンブロークの思考能力は、まだ混乱の中にあるようだ。

「おれたちはただ荷物をまとめて、さっさと出発しようというのさ。奴が望むなら、どうぞ自由に後を追わせるがいいさ――ただし歩いてな。どんな人間にも能力の限界というものがある。この山奥で、馬もなく、食物もなく、毛布、弾薬さえなく取り残されるんだぞ。おれたち西洋人が、生きたままのフランシス・ザビエル・ゴードンを再び目にすることはあるまい」

【→】第2章

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