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《コナン・ザ・コナン》ロバート・E・ハワードの世界
ロバート・E・ハワード作品
オリジナル翻訳


THE DAUGHTER OF ERLIK KHAN by Robert E. Howard
エルリク・カーンの娘
 エル・ボラク・シリーズ

 《6》

 唖の見張り人は、ゴードンが彼の前をすり抜けたとき、まだ階段の上で眠りこけていた。階下の廊下に下りてみると、既に灯りは消されていた。彼は修道士たちが更に下の階の部屋で眠ることを知っていたため、この階の小部屋は今すべて空だと確信する。立ち止まっていると、真っ暗な回廊を引きずるサンダルの音が聞こえてきた。

 小部屋のひとつに身を潜め、姿の見えぬ通行人が前を通り過ぎるとき、静かに声を掛けた。すぐに歩みがとまり、ぶつぶつと問い掛ける声が返ってきた。

「ユタブか?」キルギス人の話すグツゥラル語で、ゴードンが訊ねる。下級階級の修道士はほとんどが、血筋からいっても話す言語からいっても純粋なキルギス人であった。

「いいや」との応え。「おれはオジューだ。そういうてめえは誰なんだ?」

「そんなことはどうでもいい。もし困るんだったら、ヨゴック様の犬とでも呼べばいいさ。おれは番人だ。あの白人たちはもう寺院にやってきたか?」

「ああ。住民どもに彼らの存在を気付かれないよう、ヨゴック様が秘密の抜け道を通って彼らを連れて来たようだ。あんたがヨゴック様と親しいんだったら、教えてくれんか――あのお方はいったい何を考えていなさる?」

「あんたはどう思うね?」と逆にゴードンが訊ね返した。

 悪意のこもった笑い声が返ってくる。暗闇の中、相手の修道士が肘を脇柱にもたれかけ、自分の方に身を寄せてきたのを感じた。

「ヨゴック様はずる賢いお方だ」と囁く声。「ヤスミナ様が手紙を運ぶよう丸め込んだあのタジク人めから手紙を見せられても、我々の御主人のヨゴック様ときたら、タジク人にはヤスミナ様に言われた通りにするよう命じなさったそうじゃねえか。ヤスミナ様が手紙を送った主が来るのを待ちかまえ、その男ともどもヤスミナ様を殺してしまおうというのがヨゴック様の計画だったのさ。住民どもには、他所者の白人が奴らの女神様を殺したと思わせようって腹だ」

「さすがヨゴック様は情け容赦のないお方だ」とゴードンはいい加減に相槌を打つ。

「毒蛇も顔負けだろうよ」修道士は笑い声を立てながら、「ヤスミナ様が何事もなくここを離れるのを許すにゃ、これまでに生贄の儀式やら何やらと、何かにつけヤスミナ様はヨゴック様の邪魔をしすぎたのさ」

「なるほど、それでヨゴック様が復讐を計画しなさったってわけだ!」ゴードンは決め付ける。

「ところが、ことはそれだけじゃ済まねぇんだ。自分のことを番人と呼ぶわりには、てめえもおめでたい奴だな。あの手紙はエル・ボラクに送られたものだったんだぜ。だけどよ、あのタジク人がまた欲深い野郎でな、その手紙を今この都に来ている旦那たちに売り渡して、ついでにヨゴック様のこともぺらぺらとしゃべっちまったのよ。あいつら、ヤスミナ様をインドに連れていく気なんか持っていやしねえ。ヤスミナ様をカシミールの王子に売り渡す腹さ。可哀想に、ヤスミナ様は死ぬまで靴で打ち叩かれることにでもなるんだろうよ。ヨゴック様みずから秘密の抜け道を通って、丘陵地帯を越えて旦那たちを案内していくつもりらしい。あのお方は住民の怒りを恐れていなさるが、それでもヤスミナ様への恨みには負けるってことだな」

 ゴードンは知りたかったことをすべて聞き出した。こうなれば、一刻も早くこの場を立ち去るべきだろう。最悪の場合にはオルモンドたちにこの都からヤスミナを連れ出させる作戦も残していたゴードンだったが、こうなるとその作戦は断念せざるを得ない。ヨゴックが秘密の抜け道を通ってイギリス人たちを案内していくとなれば、彼らに追いつくことは極めて困難になると考えた方がよいからだ。

 しかしながら修道士の方は、一向に会話を終えるつもりはないようだ。男が再び口を開いたとき、ゴードンは暗闇の中をぼやっとした灯りがツチボタルのように動めいてくるのを目にとめ、引き続いて素足がぱたぱたと床を叩く音と、人間の激しい呼吸音が耳に飛び込んできた。ゴードンは小部屋の奥深くへ更に身を隠した。

 回廊をやって来たのは修道士の一人で、手にした小さな真鍮製のランプが、横に広く、薄い唇をした男の表情を明るく照らし、その顔はあたかもモンゴルの悪霊か何かのように闇に浮かび上がっていた。

 小部屋の外に立つ修道士を目にとめ、新たな人物は慌ただしく口を開いた。「ヨゴック様と白人の旦那がヤスミナ様の部屋に向かったぞ。ヤスミナ様を密かに見張っていた下女がいただろう。あの女が言うには、白い悪魔のエル・ボラクがこのヨルガンに潜り込んでいるそうなんだ。奴がヤスミナ様と何ごとか話し込んでから、ものの半時と経っておらんそうだ。女は少しでも早くヨゴック様にこのことを伝えたかったようだが、なにせ相手が相手だ、奴がヤスミナ様の部屋を離れるまでは身を動かすことができなかったらしい。いずれにせよ、奴が今、この寺院のどこかに潜んでいるのだ。おれは捜索に人を集めているところよ。おれと一緒に来い、おまえと、それからおまえも――」

 そこまで言って男がランプを掲げたため、小部屋の中に身を潜めていたゴードンの姿がくっきりと浮かび上がってしまった。見慣れた修道士の長衣ではなく、羊飼いの装束が目に飛び込んできたものだから、男は一瞬目をしばたたかせたが、すぐにゴードンが――まるでニシキヘビの攻撃のように素早くも音も立てずに――男の顎に強烈な一撃を食らわせた。修道士は頭を撃ち抜かれたかのごとく床に崩れ落ち、ランプが床の上に落ちて砕け散った。突然の暗闇の中、ゴードンはもう一人の男に掴み掛かっていた。

 アーチ型の天井に谺する叫び声も、締め付けられた喉の奥に途切れてしまった。この修道士は蛇のように押さえ付けるのが難しく、更に男は手探りでナイフを取り出そうと躍起となっていたが、二人が石の壁に激突したときゴードンは間髪を置かず相手の頭を激しく石壁に叩き付けた。男はぐにゃりと崩れ落ち、ゴードンは先に片付けた男の傍らにこの男の身体も投げ捨てた。

 次の瞬間にはもう、ゴードンは階段を駆け上がっていた。彼が身を隠していた小部屋から階段まではほんの数歩で、階段の上方には上階の廊下から漏れた柔らかな光がぼやっと薄く浮かんでいる。彼が修道士と言葉を交していた間に、一人としてこの階段を上り下りした者がいなかったことは断言してもいい。にもかかわらずあのランプを携えた男は、ヨゴックがイギリス人とともにヤスミナの部屋へ向かったと言っていたし、のみならずヤスミナの不忠な侍女が彼らのところへ注進に及んだことも口にしていた。

 ゴードンは半月刀を手に構え、無謀と思える勢いで階段の踊り場を飛び出したのだが、階段の上に座り込んでいた人物が彼に向かって立ち上がることはなかった。階段を上りきってみるや、唖の男の肩には新しいたるみができていた。男は背中からぐっさりとやられている。強烈な一撃のあまり、男の背骨は一刀のもとに切断されていたのだ。

 なぜ司祭が手下の一人を殺す必要があるのか――と、ゴードンは腑に落ちなかったが、もたもたしている時間はない。不吉な予感に胸を締め付けられ、回廊を駆け抜けるや、アーチ形の扉――鍵はかけられていなかった――を通り、部屋に駆け込んだ。部屋の中はもぬけの空だ。寝椅子のクッションが床の上にまき散らされている。ヤスミナの姿はどこにも見えない。

 半月刀を手に持ったまま、まるで彫像のごとくゴードンは部屋の真中に立ち尽くしてしまう。刃に浮かぶ青くつややかなきらめきも、ゴードンの黒い瞳に浮かんだ光と比べれば可愛い限りだ。彼の視線がさっと部屋の中をなめ回したが、目に止まるものといえば壁にしつらえられた壁掛けのわずかなふくらみぐらいなもので、他には何も見当たらない。

 彼は扉に向かって、足を一歩踏み出した――だがそれは見せかけで、突然向きを変えるや疾風のごとくに部屋を横切り、壁掛けに斬り付けた。その背後に潜んでいた男は、自分が発見されたことを気付く前に叩き斬られていた。鋭いまでの切先はビロードのアラス織り壁掛けを斬り裂き、あたりに鮮血が飛び散った。ぼろ切れと化した壁掛けの後ろから、一人の人間が床に転がり落ちる――頭を剃り上げた修道士だ。文字通り斬り刻まれた姿と化している。男は手にしたナイフを取り落とし、血が噴き出している動脈を掴んだまま、ただ這いつくばって呻くしかなかった。

「彼女はどこにいる?」とげとげしく問い詰めるゴードン、激情に喘ぎながら、己が与えた惨いほどの手並の上に屈み込んだ。「彼女はどこだ?」

 けれども相手は泣き面を浮かべて呻くより他になく、何も喋らずに死んでいった。

 ゴードンは壁際にかけ寄ると、壁掛けを激しく引き剥がした。そこに隠し扉があるに違いないと睨んだからだ。しかし彼がどれだけ激しく叩いてみても、壁には変わった様子は何も見つからなかった。今やヤスミナをさらった連中が彼女を運んでいったあとを追うことは、完全に不可能となってしまったようだ。こうなったら急いでこの都を離れ、イギリス人たちが間違いなく戻るであろう、あの使用人たちが隠れていた洞穴に向かうより他に道はない。今のゴードンは激怒の奔流に包まれており、いつもの用心深ささえほとんど影を潜めてしまったと見える。逆上のなか、己の身体を拘束し、動きを妨げると感じたのか、駱駝皮の長衣をむしり取った。

 だが、この行動の裏には、実は冷静な理由があった。下の廊下で意識を失っている修道士の衣服で変装すれば、ゴードンを血眼になって探している頭を剃り上げた殺人者の群れがいる寺院の中をも、無事に通過できるだろうと踏んだのだ。

 部屋から静かに抜け出ると、不気味にねじ曲がった死体の脇を通り抜け、ゴードンは階段へと回り込んだ――が、そこではたと足が止まる。階下の廊下はすでに灯りが溢れ、階段の下にはランプと剣を手にした修道士の一群が殺到していたのだ。中の五、六人はライフル銃さえ持ち出していた。

 一人の修道士が叫び声を張り上げ、それに続いてライフル銃が一斉に火を吹いたため、一瞬のうちにあたりは驚くほどの喧騒に包まれてしまい、細かい状況を確認しているどころではなくなった。そんな中、男どもの後方に、丸顔で斜目の少女が壁際に屈み込んでいる姿が目に止まった。女は壁から垂れ下がった一本の紐を掴むと、激しくそれを引っぱった。と同時に、ゴードンは足元の階段が突然存在を失うのを感じた。彼の足元にぽっかりと口を開けた漆黒の空間めがけ、ライフル銃が情け容赦のない一斉射撃の唸りを響かせたが、銃弾はゴードンの頭上をかすめ飛んでいくだけだった。あとには、修道士の間から勝利を祝う荒っぽい雄叫びが巻き上がるのが耳に聞こえた。

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