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《コナン・ザ・コナン》ロバート・E・ハワードの世界
ロバート・E・ハワード作品
オリジナル翻訳


THE DAUGHTER OF ERLIK KHAN by Robert E. Howard
エルリク・カーンの娘
 エル・ボラク・シリーズ

 《7》

 ゴードンが彼女を残して部屋を離れたあと、ヤスミナはすぐに扉に鍵を掛け、また寝椅子へと身体を預けた。ゴードンが置いていった大きな拳銃を所在なげに眺めているうち、鈍く磨きあげられた鋼の青光りする輝きに魅了されていった。

 だがやがて拳銃を脇に放り捨て、目を閉じながら寝椅子にもたれて横になった。彼女の中のある種の気品の高さ、あるいは生まれながらにしての神秘主義趣向が、武器などという物質的なものへ過度の信頼を寄せることを拒んでしまうのだ。物質文化を本能的に過小評価するような環境に、彼女はどっぷりと浸かり込んでいるのである。ゴードンに対しては心の底から信頼を寄せることができるが、それでも結局のところ、そんな彼ですらヤスミナから見れば、鉛と鋼を頼る野蛮人であったのだ。

 そんなわけで彼女は、ゴードンが残していった武器を過小評価してしまい、突然がさがさと壁掛けが動く音に目を覚まされたときも、拳銃は手の届かない場所に置かれたままだった。彼女はくるりと向きを変え、そこで驚愕のあまり目を見開き後方の壁を凝視してしまう。壁掛けの後ろは、切り立った山腹に接しており、固い岩盤のはずだ――少なくとも彼女は、ずっとそう思い込んでいた。

 ところが今、その壁掛けを掴んで持ち上げるように、鈎爪を思わす黄色がかった手がにょっきりと現われたではないか。手に続いてひとつの顔――いやらしくも悪意に満ちた灰色がかった顔――斜目で、長く柔らかそうな頭髪が狭い額に垂れている。薄い口が裂けるように開くと、中から尖った歯が姿を現わした。

 驚愕のあまり、ヤスミナは座った姿勢のまま氷りつき、目の前で起きている現象を説明する考えも浮かばないまま、薄気味悪いまでに蛇を思わす仕草で男が音もなく部屋に入り込むのをただ見つめていた。次に彼女が目にしたのは、アラス織りの壁掛けが持ち上げられた背後の壁に、ぽっかりと漆黒の空間が口を開けている光景であった。そこから二つの顔が覗いている――岩のように冷酷無情な西洋人の顔だった。

 このときになってやっと、連発銃を掴み取ろうとヤスミナは身をはずませたのだが、目指す連発銃はちょうど寝椅子の反対側に置かれていた。回り込もうとする彼女、しかし斜目の男は、信じられないほど素早い動作で彼女の前に立ちはだかると、細長い腕で乱暴に彼女を押し倒し、彼女の口のあたりをしたたかに張った。まるで駄々をこねる子供のようにじたばたともがき、柔らかなその身をよじる彼女であったが、男はそんな彼女をなんなくあしらっている。

「急げ!」男は耳障りなグツゥラル語で命令を発した。「縛り上げるんじゃ!」

 西洋人たちも先の男に続いて既に部屋の中に入っていたが、男の命令に従ったのは一緒に来た修道士で、ビロードのさるぐつわを噛ませることも忘れない。西洋人の一人が拳銃を拾い上げた。

「階段の上で眠りこけている唖の様子を見てこい」ヤスミナを取り押さえていた男がまた命令を発する。「あいつは仲間ではないからな。住民どもがこの女の警護に、あの化け物をここに置いているのじゃ。いくら唖でも、見ぶり手ぶりで説明することぐらいはできるからな、油断はできん」

 邪悪な顔をした修道士が深く頭を下げ、扉の錠を外すと、長いナイフを掲げたまま部屋の外へ姿を消した。一方隠し扉の中には、更にもうひとりの修道士が姿を現わしていた。

「この隠し扉のことは知らなかったであろう」斜目の男がヤスミナを罵倒する。「この痴れ者めが! 寺院の下の山には、地下道が蜂の巣のように張り巡らされておるのだ。あんたはずっと見張られていたのじゃよ。今晩もな、あんたがバングの麻薬に酔っていると思い込んでいた侍女が、あんたがエル・ボラクと話しているのを見張っていたのじゃ。だからといって計画を変えるつもりはないがね。変わったことといえば、エル・ボラクを殺すよう修道士どもに命令したことぐらいじゃよ。

 かたが付いたあとは、奴の死体を皆に示して、こう言うつもりじゃ――このヨルガンが〈フィリンジ〉の侵入に汚されたため、あんたは七層地獄におわす父上どのの元に召されてしまったとな。だからあんたは何も心配せずに、この旦那がたとカシミールへの長旅をゆっくり楽しむがよいさ、我が愛しの女神どの! エルリクの娘よ! かっ!」

「時間がないぞ、ヨゴック」オルモンドが荒々しく割って入る。「あんたの言葉を信じるならば、一人のキルギス人にも出会わずに丘陵地帯を抜けることができそうだが、おれとしては夜が明けるまでにはヨルガンから遠く離れておきたい」

 司祭はうなずくと、後から部屋に入ってきた修道士に、持ってきた担架の上へヤスミナを乗せるよう合図を送った。ペンブロークがもう一方の端を持つ。そのとき、もうひとりの修道士が、湾曲した刃から血を拭いながら部屋に戻ってきた。

 ヨゴックは、壁掛けの背後に隠れているようその修道士に命じた。「下の奴らに見つかる前に、エル・ボラクの野郎がここに戻ってくるかもしれんからな」と言って――

 一行は、ヨゴックが手にしたバター・ランプの灯りを頼りに、暗い隠し扉の奥へと足を踏み入れていく。司祭が青銅の制御棒を使って、重々しい石壁をいともたやすく滑らせると、それは壁の一部に収まった。小さなランプの灯りの中でヤスミナが目にできたのは、自分たちが急勾配に下る狭苦しい通路を通っているということで、その勾配は固い岩盤をくり抜いた狭く長い階段が現われるまで続いた。

 階段の下には水平な地下道が続いており、イギリス人と修道士は時折り担架の担いを交代しながら地下道を進んだ。どれだけ進んだ頃か、ついに一行は岩の壁にたどり着いた。壁の中ほどは石造りの板になっており、軸を中心にしてぐるりと動かすことができた。通り抜けるとそこは洞穴の中で、入り口付近にはもつれる小枝を通して微かにまたたく星を目にすることができた。

 ヨゴックが石の板を元あった場所に戻してしまうと、そのごつごつとした表面は岩盤そのものと区別が付かなくなった。彼はランプを消し、続いて洞穴の入り口を覆っていたヤナギの小枝を脇に押しやった。星明かりが余すところなく降り注ぐ中、ヤスミナはヤナギが小川の川岸に生えていることを知った。

 男たちがヤナギの枝を掻き分けながら進んでゆくと、浅い流れを渡って対岸の土手を登り、そこでヤスミナは右手彼方に灯りの群れを目にすることができた。その灯りは多分ヨルガンのものだろう。一行は固い山の岩盤をくり抜いた地下道を通り抜け、都から少なくとも半マイルは離れた山の裾野に抜け出てきたのだ。ヤスミナの正面には森が列なす漆黒の城壁となって浮かび上がり、左手遠くには丘陵地帯がうねる輪郭となってそびえていた。

 星明りの下、男たちはずんずんと進む。男たちは明らかに、半マイルほど東に進んだあたりにある突き出た岩肩を目指しているようだ。あたりは静寂に覆われている。西洋人たちが神経を高ぶらせていたとしても、ヨゴックほどにあからさまではない。ヨルガンの住民が、自分たちの女神が誘拐されていることに気付きでもしたら……そのときどんな運命が待ち受けているか、皆が心の中に不安を抱かずにはいられなかった。

 わけてもヨゴックの恐怖心たるや、イギリス人の比ではなかった。ここに至るまでに、殺しにまで荷担してしまったのだ――オルモンドのメッセージを携えてきた羊飼い、階段を警護していた物言わぬ番人。さまざまな可能性が次から次へと脳裏を走り抜け、ヨゴックはガチガチと歯を鳴らして震えている。エル・ボラクもまた何も喋らぬままに死んでもらわねばならぬ。それこそが、ヨゴックが部屋に残してきた修道士に言い聞かせてことであった。

「急げ! 急ぐのじゃ!」と叫ぶ彼、高い壁となった漆黒の森を目にしたためか、その声には明らかな恐怖が感じられる。夜風の唸りさえもが、彼の耳には密かに忍び寄る追っ手の足音に聞こえてしまうのだ。

「洞穴に着いたぞ」オルモンドが低い声でささやいた。「女を下に下ろすんだ。この斜面を運び上げる必要はないだろう。おれが使用人どもと馬を連れてくる。荷馬のひとつに女を乗せればよかろう。荷物をいくらかここに置いていかねばならんが、まぁ仕方ない。

 おい、アクバル!」オルモンドは小さく叫んだ。

 誰も応えない。洞穴の火も消えたままで、洞穴は黒く静かに口をあけている。

「眠りこけているのか?」いらいらした様子で、オルモンドが悪態をつく。「おれが叩き起こしてきてやる。ここで待ってろ!」

 階段状になったごつごつとした岩場を軽い身のこなしで駆け上がり、オルモンドは洞穴の中に消えていった。一瞬後、洞穴の岩壁に空しく谺する彼の叫び声が、皆の耳にも届いた。谺したぐらいでは、叫び声に込められた突然の恐怖心を隠すことはできなかった。

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