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《コナン・ザ・コナン》ロバート・E・ハワードの世界
ロバート・E・ハワード作品
オリジナル翻訳


THE DAUGHTER OF ERLIK KHAN by Robert E. Howard
エルリク・カーンの娘
 エル・ボラク・シリーズ

 《8》

 危険きわまりない階段から落下したとき、全くの暗闇の中で、ゴードンは固い石の上に落ちてしたたか身体を打ちつけるはめになった。百人のうち一人でも、これほどの高さから落ちて骨折もせずにすむ者はいないであろう。だがエル・ボラクという人間は、全身これ編み込まれた針金と鋼鉄のばねであった。彼は関節を上手く曲げて落下の衝撃を吸収し、猫のように四肢から着地した。それでもなお、彼の全身は感覚を失い、身体の下で手足は崩れ、ゴードンは石底に恐ろしいほどの勢いで打ちつけられたのである。

 しばしの間、なかば呆然としながらその場に横たわっていたが、どうにかして身を起こすと、手足の刺すような痛みと切傷とに悪態を付きつつ、骨でも折れていないかといぶかしんだ。

 だがありがたいことに大した怪我もなく、自分と一緒にこの穴に落下した半月刀を手探りして探し当てる。頭上の罠は既に閉じられていた。自分が今どこにいるのか見当もつかない彼だったが、ここが陰鬱な地下納骨堂さながらに漆黒の闇に包まれていることだけは確かだ。どれほどの高さから落とされたのかさえ彼には判りかねたものの、彼が死なずにすむとは誰一人として予想できぬほどの高さであったことは彼にも判る。暗闇の中でまわりの様子を探ってみると、この場所がそう広くない正方形の空間であることを知った。ひとつだけある扉は、外側から錠が掛けられていた。

 内部の調査をほんの短時間でやり終えてしまったゴードンは、やがて扉の外側で、何者かががさごそと物音を立てているのを感じ取った。後ろに下がりながらも、心の中では、この穴に落とした者たちが安全な通路を通ってくるとすれば、これほど早くここに到着することはまず不可能だと読んでいた。だとすれば、彼が落下した物音を聞きつけた何者かが、中の様子を調べにやってきたに違いない。相手は、床に死体が転がっていると信じてきっていることだろう。

 扉が勢いよく開かれ、突然の明りにゴードンは目がくらんだが、そんな状況の中でも彼は開かれた扉の中に浮かんだぼんやりとした人影に斬りつけていた。やがて目が馴れてくると、松明に照らされた狭い通路の床に一人の修道士が、その剃り上げた頭のこめかみあたりをざっくり斬られて横たわっている姿が飛び込んできた。この死体以外は、通路には何も置かれていない。

 通路の床はわずかながら傾斜しており、ゴードンは下り方向を選んで進むことにする。なぜといって、通路を上がっていけば間違いなく敵の真只中に戻ることになるからだ。しばらくの間、自分の足音の響きが敵に聞きつけられてしまうのではないかと心配したが、敵は罠に落下させれば十分だとでも思っているのか、さもなくば銃弾を食らわせたとでも信じているからか、結末を確かめようとして急ぐつもりはないように思えた。間違いなく、ゴードンの手に掛かって命を落としたあの修道士こそが、階段の罠に掛かって落下した犠牲者にとどめを刺す役割を担っていたに違いない。

 通路は急な角度で右に曲がり、その向こうの壁には松明は置かれていなかった。ゴードンは近くの松明を一本手に取って進み続け、床ががぜん急勾配となったことに気付いた。遂には、壁に手を押し付けて転落を食い止めねばならないほどになる。このあたりの壁は固い岩盤で、寺院が建造された土台となった山の中にいるのだろうかとゴードンは考えていた。

 この地下道のことを知っているのは修道士ぐらいなもので、ヨルガンの一般住民には極秘にされているに違いないとゴードンは確信した。ヤスミナですら明らかにこの地下道の存在は知らない様子だった。彼女のことを思うとゴードンは気が急いてならない。いま彼女がどこにいるかは神のみぞ知るだが、いずれにせよ、彼自身がこの鼠迷路から抜け出ないことには、彼女を助け出すどころではない。

 通路が再び右に曲がり、より幅の広い水平に伸びる地下道へと続いた。松明を高く掲げ、急ぎながらも一歩一歩用心しながらゴードンは地下道を進む。とうとう地下道の終わりが目に入ってきた。それはごつごつの石壁で、その中にどっしりとした四角い石の板が扉として造られている。石板が軸を中心に回転することをゴードンは発見し、やってみるといとも簡単に動かすことができ、彼は洞穴の中に出ていた。

 それより少し前にヤスミナがヤナギの小枝を通して星明りを目にとめたように、今ゴードンが星空の下へたどりついたのだ。松明の火を消し、急に出現した暗闇に目を馴らすためにしばしの間その場で立ち止まってから、洞穴の入り口に向かって進んでいった。

 ちょうど入り口にたどり着いたとき、ゴードンは突然後ろに屈み込んだ。何者かが外で川の水を跳ね散らし、ヤナギの中でのたうち回っているのだ。男は短い土手を喘ぎながら上がってきた。男が洞穴の中に飛び込んで姿さえ判らぬ黒い塊と化す前に、星明りの下でゴードンはヨゴックの陰険な顔をとらえることができた。

 次の瞬間、エル・ボラクは岩床に横たわった相手に飛びかかっていた。ヨゴックが一声、身の毛がよだつような叫び声を発したため、ゴードンは敵の喉の位置を知ることができ、相手に馬乗りとなると司祭の首を荒々しく掴み、思いきりひねり上げた。

「ヤスミナをどこにやった?」と問い詰める。

 咽がごろごろと鳴る音が返される。ゴードンは掴んだ手の力をちょっとだけ弛めてやり、同じ質問を繰り返した。ヨゴックは暗闇の中での攻撃に完全に錯乱していたものの、どうにかして――おそらくは体臭によってか、体臭がないことによってか――自分を取り押さえている相手が西洋人であることを感じ取ったようだ。

「あ、あんた、エル・ボラクか?」喘ぎながら言葉を吐いた。

「他に誰がいる? ヤスミナをどこにやったんだ?」ヨゴックの薄い唇から苦痛に満ちた悲鳴が漏れるまで首をねじり、質問に一層の重みを加える。

「イギリス人が連れていったよ!」ヨゴックは喘ぎながら応える。

「では奴らはどこだ?」

「さぁ、そこまでは知らん! あああ! ご、ご慈悲を、旦那! いま話すから!」

 暗闇の中で、恐怖に囚われたヨゴックの瞳が白く光った。痩せぎすの身体が、熱病に浮かされたかのごとく震えている。

「わしら、あの女を連れて、旦那たちの使用人が隠れているという洞穴まで行ったのじゃ。ところが使用人どもは姿を消していた、馬ともどもな。するとイギリス人の旦那たちは、このわしが裏切ったのだと言い出しおった。このわしが、自分たちの使用人を連れ出して、こっそり殺したに違いないとな。冗談ではない。エルリクに誓って、奴らのいまいましいアフガニスタン人どもに何が起きたかなど、このわしの知ったことか! じゃがイギリス人どもときたら、このわしに襲いかかってきおった。手下の修道士が奴らと争っている隙に、命からがら逃げ出してきたのじゃよ」

 ゴードンはヨゴックを引っぱり起こし、洞穴の入り口に向かせると、外した相手の腰帯でヨゴックを後ろ手に縛りあげた。

「戻ってもらうぞ」頭ごなしに命じる。「もしも騒ぎ立ててみろ、貴様の蛇にも劣る魂をひねり潰してやるからな。貴様が知っている近道を通ってオルモンドの洞穴に案内するんだ」

「とんでもない。あの犬どもに殺されてしまうではないか!」

「言う通りにしなければ、おれが殺してやる」と脅しをかけるゴードン、つまずくヨゴックの背中を無理矢理に押して歩かせる。

 この司祭が、壁を背にしてでも戦い抜く戦士であろうはずがない。彼はいま直面した二つの危険を比べるうち、ひとつの妙案を思いついた。二人は小川を歩いて渡り、対岸に着くとヨゴックは右に曲がった。するとゴードンがぐいっと引っぱり戻した。

「今どこにいるのか、おれが知らんとでも思っているのか!」と怒鳴り声を上げ、「それに洞穴がある場所も知っているんだぞ。左手にある、あの山の突き出たあたりだろう。もしもマツ林を抜ける道があるというのだったら、それを示してみろ」

 もはやこれまでと、ヨゴックは完全に観念した。襟元を掴んだゴードンの握り拳と、その近くに押し付けられた鈍く光る半月刀の幅広の刃を感じつつ、樹影の中を足早に進んでいく。空が闇から、やがて夜明けを迎えようと幾分明るさを見せ始めた頃、二人は木々の間で暗く静かに浮かんだ洞穴にたどり着いた。

「もぬけのからだ!」ヨゴックが震えながら叫んだ。

「ここで奴らを捕まえられるとは思っていなかったさ」ゴードンはぼそぼそとつぶやく。「ここに来たのは、奴らの残した足跡を追跡するためだ。貴様が部族民をけしかけると奴らが考えたとすれば、奴ら、歩いてでも出発しているはずだからな。いずれにせよ、ヤスミナの身が心配だ」

「何か聞こえたぞ!」

 低い呻き声が空気を震わせたのを聞き、ヨゴックがびくつきながら金切り声を発した。

 ゴードンはヨゴックを転がし、手足を縛り上げた。「声を上げるんじゃないぞ!」と警告してから、剣を手に、階段状の岩盤を忍び足で登っていった。

 微かな星明りを背にしたことで、自分の姿が相手に見つかってしまうのではないかと気にして、入り口あたりでしばし躊躇する。その時再び呻き声が聞こえ、これが罠ではないことをゴードンは確信した。その声は、どう聞いても瀕死の苦痛に喘ぐ人間のそれだ。

 暗闇の中をそろそろと進んでいくと、すぐに地面に転がっている何かにつまずき、その何かがもう一度呻きを発した。ゴードンは手探りで、それが西洋風の服を着込んだ人間であることを知る。手探りしたとき、生暖かくてどろりとしたものが彼の手を汚した。相手の服のポケットをあさっているうちマッチ箱らしきものを探り当て、一本擦って消えないように手で覆いながら火をかざす。

 土気色の顔から生気を失った瞳が彼を凝視していた。

「ペンブロークではないか」ゴードンが小さく叫んだ。

 自分の名前を呼ばれたことに気付いたのか、死にかけた男が意識を取り戻したようだ。口から血を滴らせながらも、相当な努力をもって片肘で身体を支え、半身を起こそうとする。

「オルモンドか!」ぞっとするような声が低く響いた。「戻ってきやがったのか? この裏切り者め、どうするか見ていろ……」

「おれはオルモンドではない」とアメリカ人が唸った。「ゴードンだ。誰だか知らぬが、貴様へ復讐する手間を省いてくれた奴がいたと見える。ヤスミナをどこにやった?」

「奴が連れて行きやがった」こぼれる血で窒息しているせいか、イギリス人の声はほとんど聞き取れなくなっている。「オルモンド、あの薄ぎたねえ豚野郎めが! 洞穴はもぬけの空になっていた――ヨゴックの老いぼれがおれたちを裏切りやがったんだ。おれたちゃ奴に襲い掛かったが、奴はまんまと逃げやがった。奴の糞いまいましい修道士がおれを突き刺しやがったんだ。それを見てオルモンドの野郎は、ヤスミナと修道士を連れてとっとと行っちまいやがった。奴は普通じゃねえ。あの山を歩いて越えようなんぞと考えるとはな。それも女と案内役の修道士を連れてだ。このおれのことは、ここに置き去りにしやがった。あの豚野郎、薄ぎたねえ豚野郎が!」

 死にかけた男の声は、ヒステリックな金切り声に変わっていた。瞳を見開いて、精一杯に身体を起こそうともがく――が、そのとき激しい痙攣が彼を襲い、男は死を迎えた。

 ゴードンは立ち上がり、新しいマッチを擦って、洞穴の中ぐるりと視線を走らせた。何もない。見た限り、武器が残されている形跡はない。オルモンドは本当に、死にかけの相棒を置き去りにしたらしい。あのオルモンドという男、捕われの女性と、隙をうかがって逃げようとする案内役の修道士を引っ立てながら、十分な装備もなしに歩いてこの山道を越えようとするとは……なるほど確かにあの男、普通ではない。

 ヨゴックの所に戻ると足の戒めを解いてやり、ペンブロークの話を手短に繰り返した。星明りの下で、たちまち司祭の瞳が輝きを増すのが判る。

「好都合じゃ! みんな山の中で死ねばいいのじゃ! 勝手に行かせるがよい!」

「奴らのあとを追うぞ」とゴードンの応え。「貴様なら、修道士がオルモンドを案内していった抜け道を知っているはずだ。案内しろ」

 いくぶん自信を取り戻したからか、持ち前の横柄さと反抗心が頭をもたげるヨゴック。

「断わる! 勝手に死なせれば良かろう!」

 激しく悪態をつきながら、ゴードンは司祭の喉を掴み、相手の瞳が星明りの下で白目を剥くまで、その頭を両肩の間に押し込んでいった。

「おれを甘くみるな!」歯をぎりぎりと噛みしめつつ、ゴードンは犬が鼠を弄ぶように相手を激しく揺さぶった。「言う通りにしないのなら、一番苦しい方法でじわじわ殺してやるぞ。ヨルガンに引きずり戻して、貴様がエルリク・カーンの娘に何を企んだか、住民どもに洗いざらいぶちまけてもいいんだぞ。おれの身も危うくなるが、貴様は鞭打たれて生き地獄を味わうことになるだろうよ!」

 ヨゴックは、このゴードンがそんなことをするはずがないと知っていた。それはこのアメリカ人が死を恐れているからではなく、自分が生贄になってしまえばヤスミナを救出する最後の望みが絶たれてしまうからだ。それでも憎悪に満ちたゴードンの視線は、ヨゴックの心を恐怖でぞっとさせた。彼はこの西洋人が今、凄まじい激怒に掴まれていることを感じている。この状態のエル・ボラクならば、本当に彼の手足を一本一本切り落としていくことすらやりかねないと心の底から恐れた。この瞬間、どんな血の誓いであれ、このゴードンの意思を曲げることなどできぬだろう。

「だ、旦那、待ってくれ!」ヨゴックが喘ぎながら言う。「案内する」

「おれを騙そうなどとは思うなよ」ゴードンは荒々しくヨゴックの足を押しやった。「奴らが出発してから、まだ一時間以上は経っておらんはずだ。もしも日の出までに追いつかなかったら、貴様が騙したと思うからな。そのときは貴様を崖に逆さ吊りにして、生きたまま禿鷹の餌にしてやるから、そう覚悟しておけ」

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