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《コナン・ザ・コナン》ロバート・E・ハワードの世界
ロバート・E・ハワード作品
オリジナル翻訳


THE SHADOW KINGDOM by Robert E. Howard
陰影の王国
 キング・カル・シリーズ

《4.仮面》

 カルは玉座に座り、彼に向けられている海なす顔の上にじっと視線を走らせた。一人の廷臣が平坦な調子で何かを喋っていたが、王はほとんどその話を聞いていなかった。王に近い場所には宰相ツゥが控えており、いつでもカルの指示に対応できる体勢を整えている。カルはちらちらとツゥに視線を走らせ、そのたびに心中密かに身を震わせていた。宮廷での作法は表面上、潮の間に存在する決して裂かれることなき海面にも似ていた。

 まるで夢のような前夜の出来事を回想していた王は、やがて玉座に置かれた腕へと視線を落とした。筋骨たくましい褐色の腕が、そこに置かれている。手首を上がったあたりに、微かな光を発する竜の腕環。ブルールが玉座の横に立ち尽くしているのだ。ピクト人が絶えず囁き続けているあの秘密の言葉が、ともすれば現実離れした空想世界に向かいがちのカルを、現世へと引き戻した。

 いや、あれは、あの昨夜のぞっとする出来事は決して空想などではない。こうして〈社交の大広間〉で玉座に腰かけ、廷臣、貴婦人、貴族、文官らと対面している今でさえ、カルは彼らの顔立ちが何やら幻想じみたもの――浮世離れしたもの――ただ真の物体の影やまがいものとしてのみ存在するもの――に思えた。これまでも彼は、廷臣たちの顔はまるで仮面のようだと考えることがあった。だがそのときは、仮面の下に浅はかさ、狭き心、強欲さ、貪欲さ、偽りを見て取り、それを軽蔑しながらも寛容に受け止めていたはずだ。それが今や滑らかな仮面の下に潜んでいるのは、不快な潜め声、不吉な陰謀、おぼろげな恐怖へと姿を変えている。貴族や参議と慇懃な作法を交している間にも、笑顔が煙のように消えてなくなり、あとから顎をかっと広げたおぞましい蛇の顔が出現するのではないかと思わずにはいられなかった。ここにいる貴族たちのうち、いったいどれほどの人間が魔道の産物たる取り澄ました人の顔の幻をまとい、カルの暗殺を目論んでいるおぞましき人外の怪物なのであろうか?

 ヴァルーシア――夢の国、そして悪夢の国――陰影に包まれし王国。うち掛けられた窓幕の陰で、前に後ろに揺れ動く亡霊に支配されし王国。玉座に座った無能な王をあざける王国――彼自身もまた、ひとつの影に過ぎぬのか。

 そして影の盟友よろしく、不動の顔から黒い瞳をぎらぎらと輝かせたブルールが、カルの横に仁王立ちしている。ブルール、男の中の男ぞ! 今やカルは、この未開人への友情は本物であると感じるまでになっており、同時に、ブルールもまた政治的な必要性とは関係なくカルに友情を抱いてくれているとの実感があった。

 そしてカルは思う――この世で実体のあるものとは何なのだろうか? 野心? 権力? 誇り? 男の友情? 女との愛――カルは今だ経験したことはないが――? 戦さ? 略奪? 何なのだ? 玉座に座したカルが本当のカルなのか、それともアトランティスの丘陵を駆け抜け、陽の没む遠方の島々を荒し回ったカル、アトランティスの荒れる深緑の海上に笑いを轟かせたカルが本当のカルなのか――? 人は生涯、いくつの異なる人間を演じることができるのであろう。カル自身が知る限りでも何人ものカルが存在しており、いったいどのカルが真のカルなのだろうかと思案せずにはいられない。結局のところ、蛇神の神官どもは、人々の仮面をほんの少しだけ押し進めたにすぎぬともいえる。人は皆仮面を被っており、男も女も、その一人一人に異なる仮面が存在するものなのといえるのかもしれない。ことによれば、すべての仮面の下に蛇の顔が潜んでいないとも限らぬ――カルの思いは発展していった。

 さほどに奇妙に込み入った迷路のごとき思考をもてあそびつつ、玉座に構えるカルであった。そんな王の前に、廷臣たちが一人来ては一人去り、代り映えのないいつもながらの些細な儀礼が進行してゆく。やがては、眠たげな王お付きの召使いを除けば、王とブルールだけが〈社交の大広間〉に残された。

 カルは疲労感を感じつつあった。カルもブルールも、昨晩は一睡もしていない。のみならず、カルはその前の晩、一連のおぞましい事件の発端となったあの庭園でのカ・ヌーとの会合の夜も、睡眠を取っていなかった。昨夜は二人が秘密の通路から〈執務の間〉へ戻ったあとは、新たな事件は起こっていない。それでもどちらの男も、睡眠を取るだけの勇気もなければ、またそれを望む気持ちもさらさらなかった。カルについていうなら、彼は狼のような信じ難い活力の持ち主である。若き日、荒々しい野蛮な生活を過ごしていた頃は、数日間も眠ることなくぶっつづけで原野を駆け巡ったものだ。そうでなくとも、今やカルの心中は絶えざる空想やら、夜な夜な続いた神経に障る不気味な事件のことやらで占められていた。彼に睡眠が必要だとしても、今の彼の心には睡眠のことを気にする余裕などなかったのである。

 しかしそれだけならば、彼とても敢えて睡眠を避けるものでもなかった。更に別の一件が、彼の心に恐怖を植え付けていたのだ。それというのも、彼とブルールが隙なく見張っていたにもかかわらず、〈執務の間〉の警護兵たちがいつの間にか入れ替わっており、あまつさえ本人たちはそのことに気付いてさえいないというのだ。朝になって警護に立っていた男たちは、ブルールが用いる奇妙な呪文を口にすることができた。それでいて、彼らは普段と変わらぬ記憶しか持ちえていなかったのである。彼らが覚えていることといえば、いつものように夜通し警護にあたっていたということだけであった。カルも敢えて、余計な口をはさむことは控えた。この男たちは本物の人間であると確信できたが、それでもブルールはすべてを秘密裏に運ぶよう助言していたし、カル自身もまたそうすることが最良の策だと考えていた。

 今、ブルールは玉座にもたれかかり、ものうげな召使いにすら聞こえぬようにと声を潜めて言った。「奴ら、じきに攻撃を仕掛けてくるぞ。おれには判るのだ、カル。つい先ほど、カ・ヌーが秘密のうちに連絡を送ってきた。神官どもはむろん、おれたちが奴らの陰謀に感づいていることはお見通しだ。だが、我らがどこまでを突き止めているかについちゃ、奴らも掴んでおらぬようだ。だからこそ、いかなる種類の攻撃にも対処できるよう、万事抜かりなく待ち構えておく必要がある。戦いの火蓋が切られたときすぐさま馳せ参じられるよう、カ・ヌーやピクトの族長たちも近くに待機しておる。ハッ、カルよ! ひとたび戦さの火蓋が切られれば、このヴァルーシア全土の街道も城も、赤い血で染まることになるぞ!」

 カルは残忍な笑みを浮かべた。たとえそれがどのような性質であろうとも、行動こそが今のカルにとっては狂おしいまでの喜びといえた。幻想と魔術の迷宮のなかをあれこれ彷徨い続けることには、彼の性分からいっても我慢ならぬほどに辟易していたのだ。彼の望みは、喜びに満ちた自由を求めた戦闘のなか、大いに身を躍動させ、そして剣を鳴り響かせることにこそある。

 やがてツゥが、残りの参議を伴って〈社交の大広間〉へ戻ってきた。

「我が君、評議の刻がせまっておりますぞ。我らいつでも〈評議の間〉まで殿の供する用意ができております」

 カルが腰を上げ、回廊へと歩を進めるとき、参議たちは王のために脇に寄り、跪いた。王の通過を待って立ち上がり、そのあとに従う。王の背後で挑むように大股で歩むピクト人の姿を目にしたとき、参議たちの眉は潜められた。だが、誰も彼を咎める者はいない。どこから来たのかとて判らないこの見慣れぬ蛮族へ、ありありとした反感を現わす参議たちの上品な顔に、ブルールもまた挑むような視線を送り返していた。

 一行はいくつかの部屋を通り抜け、やっと〈評議の間〉にたどりついた。いつものように扉が閉ざされ、王の座す玉座の前、参議たちは取り決められた階級の序列に従い、おのおのの席に落ち着いた。ブルールはカルの背後に陣取り、青銅像のごとくに立ち尽くす。

 カルが素早い視線で部屋をぐるりと見渡した。ここでは陰謀が発生することはまずあるまい。ここにいる十七名からの参議は誰もカルの顔見知りの者ばかりだ。皆、カルが王位を奪取したときよりカルを支持している古株たちだ。

「ヴァルーシアの民よ――」カルは形式に則り話を切り出そうとしたが、その言葉は不意に襲った当惑によって断ち切られた。参議たちがあたかも一個の人間のように一斉に立ち上がり、彼に向かって距離を詰めてきたのだ。男たちの表情には敵意らしきものは浮かんでいないが、しかしその行動は〈評議の間〉にはおよそ似つかわしくないものだ。最前列の男がカルに接近したところで、ブルールが豹のような跳躍で前方に割って入った。

「カ・ナマ・カア・ラジェラマ!」ブルールの声が、部屋の不吉な静寂のなかに響きわたった。最前列の参議は後退り、その手を長衣のなかにさっと忍ばせた。それとみるや、ブルールが解き放たれたばねのごとくに体勢を移動させ、ぎらりと光る剣を最前列の男に頭から浴びせかけた。剣を食らった男は床に倒れて動かなくなり、やがてその顔がぼんやりと霞むや、おぞましい蛇の頭部へ様相を変えた。

「殺せ、カル!」ピクト人のしわがれ声が飛んだ。「こいつら皆、蛇人間だ!」

 それからあとは、まるで緋色の迷路のような情景へと変じた。参議たちが一群となって押し寄せてきたとき、馴染みの顔がまるで霧が薄れるように溶け、それに取って代わるように口をおぞましく広げた爬虫類の顔が現われるのをカルは目撃した。彼の心は呆然の体に陥ったが、彼の巨大な体にためらいはなかった。

 彼の剣が発する歌は谺となって、部屋中を満たした。押し寄せた洪水は、赤い波となって砕け散る。それでも蛇人間たちはひるむことなく前進をやめない。その様は、あたかも王をうち倒すためならば、己の命を犠牲にすることもいとわず、との感があった。醜悪な顎が、カルを狙って大きく開かれる。おぞましい瞳が確実に、カルをめがけて炎を燃え上がらせる。ぞっとする悪臭が空気中に広がっていった。それは以前カルが、南方の密林で嗅いだ大蛇の臭気そのものだった。

 剣や短剣が、彼に向け宙を舞う。カルはおぼろげに、相手の攻撃に少なからず傷を負ったことを認識していた。だが今こそカルは、己の領分に身を置いているのだ。いまだかつてこれほどのおぞましい敵と対峙したことはなかったが、それがどうしたというのだ。蛇人間といえども生身の体を持ち、血管を斬られれば血を流す。現にこの者どもは、カルの大剣で頭蓋骨をかち割られ、あるいはまた胴を切り裂かれて死んでいった。

 切りつけられ、突かれ、そしてまた突きから横殴りの攻撃――。そんな攻撃を前にいつやられても不思議はないカルであったが、しかし彼の側面をがっちりと固める男の助けもあり、相手の攻撃を受け流し、押し戻すことに成功していた。

 今の王は、まさしく狂戦士そのもの。残忍をもって知られるアトランティス人の流儀を実践する戦士として、死をもって死にこたえた。相手の突きや切り裂きを防御しようなどと特別に意識するわけでもなく、ただ真っ直に体勢を保ち、ただ前進あるのみだった。カルが直情からなる怒りで剣技を忘れることなど滅多にないことだったが、まさに今この瞬間、カルの心の中である種の鎖が砕け散り、その心中、虐殺への渇望が真紅の波となって溢れに溢れていたのだ。

 彼はひと振りごとに、敵をうち倒していった。だがそれでも相手はあとからあとからカルに押し寄せてくる。そのたびに脇を固めたブルールが、死をも招きかねない攻撃を受け流していた。緻密なまでの技倆で相手の攻撃を受け流し、鉄壁の防御を見せるブルール――カルの攻撃が一撃必殺の破壊力を秘めた大技とするならば、ブルールの攻撃は至近距離からの鋭い攻撃といえた。

 カルは笑った。まさに狂気の笑いだ。おぞましい顔が緋色の炎となって渦を巻き、彼のまわりを取りかこんでいた。カルは鋼が己の腕にずっしりと重く食い込むのを感じ、光り輝く弧を描き敵の胸骨を切り裂いていた剣を床に落とした。そのときになってようやく霧が晴れ渡り、床に静かに横たわっているおぞましく血に染まった化け物の死体の山を前に、王は己とブルールの二人だけが立ち尽くしていることを認識した。

「ヴァルカ神よ! なんとも凄まじい虐殺だったな!」目に流れた血を振り払いながらブルールが言った。「カルよ、もしも奴らが剣の扱いに精通していたとすれば、我々の方がやられていたかもしれんな。神官どもめ、幸いなことに剣技についてはほとんど知らなかったようだ。おれがこれまでに戦ったどんな敵よりも簡単に死んでいったよ。だが、そうはいっても奴らの数がもう少しでも多かったら、結果はまた違う形になっていたかもしれぬ」

 カルも頷いた。原始的な狂戦士の炎はすでに去り、あとには大きな疲労感を伴った困惑の感情だけが残された。胸といわず肩といわず、手にも足にも、全身いたるところに刻まれた傷から血が流れ出ている。ブルールは、自身も多くの傷口から出血していたが、心配そうな表情でカルの様子を窺った。

「カルよ、急いで女どもに傷の手当をさせた方がいい」

 しかしカルは筋肉質の腕をよろよろと払い上げて、ブルールを押し退けた。

「まだ、だめだ。この一件を最後まで見届ける必要があるからな。だが、そなたは早く傷の手当をした方がよいぞ。これは王の命令だ」

 ピクト人が残忍に笑った。「王よ、御身の方こそおれより多くの傷を負っておるではないか――」そこまで言い始めて、突然のひらめきが彼を襲い、ブルールは言葉を途切った。「ヴァルカ神に誓って! カルよ、ここは〈評議の間〉ではないぞ!」

 カルもあたりを見回し、突然もうひとつ別の霧が晴れたような気がした。「確かにそうだ。ここは一千年の昔、イーラル王が殺された部屋ではないか。以来〈呪いの間〉と名付けられ、使われることはほとんどなかった」

「神々にかけて、ではきゃつらめ、おれたちをずっとだまし続けていたのか!」とブルールは激怒して叫び、足元に転がった死骸を蹴飛ばした。「奴ら、おれたちを阿呆のように引き回し、まんまと罠に誘い込んだのだ! 奴らの魔術はあたりの景色まで変えるとみえる……」

「となると、陰謀はまだ終わったわけではないようだ」カルが言った。「もしヴァルーシアに本物の参議らがいるとすれば、彼らこそが今頃、本物の〈評議の間〉にいるはずだ。急いで行かねば」

 恐怖に満ちた主を残したまま〈呪いの間〉をあとにした二人は、人気のない部屋をいくつか通り抜け、やっと本物の〈評議の間〉にたどり着いた。そこでカルは、恐怖の身震いを感じながら足を止めた。なんと、〈評議の間〉から聞こえてくるのは、彼自身の声ではないか!


 震える手で壁掛けをそっと持ち上げ、部屋の中を窺った。そこにいたのは、カルとブルールが斬殺したばかりの参議たちの分身と、台座の上に立っているのはヴァルーシア王カルその人だ。

 カルはくらくらと意識が遠のき、後ろによろめいた。

「わしの頭はおかしくなったのか!」と彼は囁いた。「このわしはカルではないのか? 今ここにいるわしと、あそこに立つカルと、いったいどちらが本物なのだ。わしは空想の産物、単なる幻影にすぎぬのか?」

 ブルールが彼の肩をがっしりと掴み、意識をはっきりさせようと荒っぽく揺さぶった。

「ヴァルカ神の名にかけて、気を確かに持て! あれほどの出来事をつぶさに見届けてきたというのに、この期に及んでなお驚いてどうする。蛇人間の一人が御身に成り済まし、本物の人間たちを欺いておるのだ、他の奴らがそうしたようにな。奴らの考えでは、御身はとうに暗殺されており、臣下のものたちには気付かれることなく、あの化け物どもめが御身に成り済まして王国を治めていく気でおる。ここから躍り出て一瞬のうちに奴を斬り倒す以外、他に手はないぞ。〈赤き殺戮隊〉の面々は、恐らく本物の人間だ。彼らが王の両脇をがっちり固めている以上は、御身以外の人間があの化け物に近づくのは不可能だ。急げ!」

 突然の眩暈から舞い戻ったカルは、挑むような仕草で顎を大きく突き出した。熟練の泳ぎ手が海に飛び込む前にするように、大きく深呼吸するや、壁掛けを振り上げ、獅子のごとき跳躍ひとつで台座に向けて躍り出た。ブルールが言ったことは真実だ。その場を護る〈赤き殺戮隊〉たちは、獲物を狙う豹のように素早く行動できるよう訓練されている。ただ一人カルを除けば、何人といえども玉座にたどりつく前に死を迎えることになるだろう。だが今、台座の上に立つ人物と瓜二つのカルの出現は、さしもの〈赤き殺戮隊〉も思考が停止し、一瞬その動きが固まった――カルにとっては十分な長さだ。台座の上の人物も剣を掴もうと手を伸ばしたものの、その指が柄に触れるより先、カルの剣が大上段から振り落とされた。王に成り済ましていた化け物は台座から転がり落ち、床に倒れて動かなくなった。

「静まれ!」カルの高く掲げられた腕と威厳に満ちた一声とが、騒ぎが広がるのを押しとどめた。人々が驚愕から冷めやらぬ様子を見て、王は彼らの前に横たわっている死骸を差し示した。その顔は蛇のそれへと早くも変貌を遂げていた。後ずさる臣下たちを尻目に、扉のひとつからブルールが、また別の扉からはカ・ヌーが姿を現わした。

 二人は血に染まった王の手に視線を走らせた。そしてカ・ヌーが声を張り上げた。「ヴァルーシアの各々がたよ、己自身の目をしっかと開けて、よく見られるがよい。ここにおわすが正真正銘、本物のカル、ヴァルーシア史上でも類を見ない最強の王であるぞ。今や蛇人間どもの野望は打ち砕かれた。すなわち、そなたらは本物の人間であるとわしは信ずるものである。カル王よ、何か命令は?」

「そこな死骸を担げ」と王は言い、警護兵の一人がその命に従った。

「では、わしについてくるがよい」と王、そのまま〈呪いの間〉へと足を運んでいった。ブルールが心配そうな眼差しで肩を貸そうと申し出たが、カルは今度もその申し出を拒んだ。

 出血おびただしい王には、〈呪いの間〉までの距離は永遠に続くかとすら思える長きものだった。だがやがて扉の前へと到達し、参議たちが恐怖に立ち尽くす様子をちらりと見やったときには、荒々しくも残忍な笑みを浮かべていた。

 王の命により、警護兵が運んできた死骸を他の死骸の脇へ放り投げた。それを見届けたのちカルは、全員に部屋から退去するよう命じ、自身が最後に部屋を離れ扉を閉じた。

 間断なく襲う眩暈に、カルは身を震わせている。彼の視界のなかでは、困惑し血の気を失った多くの顔が、気味悪い霧の中でうごめき、混じりあうにして彼を取り囲んでいるように映っていた。傷口から流れ出た血が、手足を伝わり落ちるのが判る。カルは今なにをすべきか知っており、それを成し遂げるためにはもう一刻も無駄にできないことも判っていた。

 カルは剣を鞘から、音を立て抜き払った。

「ブルールはおるか?」

「ここに!」肩が触れあうほどの位置にいたブルールですら霧の向こうに霞むように見え、ブルールの声はあたかも遠い場所と時間を隔てた彼方より聞こえ来るように感じられる。

「我らの誓い、あれを忘れんでくれよ、ブルール。では皆のものを下がらせ、場所を空けるよう命じてくれ」

 左腕を使って場所を確保するや、カルは剣を頭上に振りかざした。失われてゆく最後の力を振り絞り、扉から脇柱に渡って大剣を打ち込む。それをもって永久にこの部屋を封印してみせたのである。

 彼は足を広く踏ん張って、恐怖のなかにも呆気にとられた参議たちの顔を見渡した。「この部屋は、二重の意味で呪われしものとなった。蛇人間どもの野望が打ち砕かれた証しとして、奴らの腐敗した骸はこれより先、永久にこの部屋に横たえさせるものとせん。そしてわしはここに誓う、蛇人間どもの最後の一匹が死に絶えるまで、陸から陸、海から海へと奴らをどこまでも追い続けると。地獄の力を打ち砕き、我らに最上の勝利をもたらさんと! それこそが、わしの誓い……このわし……カル……ヴァルーシア……王の……」

 そこまで言うや、彼の視界のなかで皆の顔がぐらぐらと揺れて渦巻き、カルの膝は力を失った。

 参議たちが前方へ飛び出したが、彼らの手が王に届くより早く、カルは床に崩れ落ち、仰向けに倒れたまま動かなくなった。

 参議たちが倒れた王のまわりに押し寄せ、喧々囂々、金切り声があたりに充満した。カ・ヌーが荒々しく罵声を上げ、拳骨を打ち振るいながら参議たちを下がらせた。

「下がりなされ、愚か者たちよ! わずかに残された王の命の灯火をすら打ち消すおつもりか? どうじゃ、ブルール、王は死んでしまったのか、それともまだ生きておるか?」と、最後の言葉は、ぐったりと動かないカルの上に屈み込んだ戦士に向けられた。

「死んだか、だと?」苛立たしそうにブルールはせせら笑った。「これほどの男が、そう易々と殺されてたまるか。ただ睡眠不足と多量の出血が、彼を弱らせているだけだ。ヴァルカ神に誓って、王は十や二十の深手を負っているようだが、幸いにも致命傷は免れている。だが早いところ宮廷にいる女を呼んで王の手当てをさせるよう、そこでぺらぺら喋っている馬鹿者どもに命じたほうがよいぞ」

 ブルールの瞳は、凄まじくも誇らしげな光を帯びて輝いていた。

「ヴァルカ神に誓って! カ・ヌーよ、こんな堕落した時代に、これほどの人物がまだ存在しているとは思わなかったな! 二、三日もすれば、王はもう平気で馬にも乗れるだろう。その頃には、世界中の蛇人間どもがヴァルーシア王カルを恐れるようになる。ヴァルカ神よ! なんとも奇妙な狩りになりそうだぞ! ああ、おれには見えるよ、これほどの男を王に迎えたヴァルーシアが、やがて世界を繁栄のうちに長らく支配していく姿がな」

〈終〉

第3章【←】


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